寺島文庫

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 今年もロンドンでエコノミスト誌の恒例の新年予測レポート“THE WORLD IN 2014”を手に入れた。ここで示される見方は、あくまで英国から見た世界展望にすぎないが、視界が狭くなっている日本のメディアや「米国を通じた世界観」に影響された日本人の時代認識からすれば、この情報は死角を衝くものである。二〇年以上も、エコノミスト誌の「新年展望」に注意を払ってきたが、その欧州中心主義的世界観に限界を感じながらも、「欧州から見た優先テーマ」は示唆的である。


二〇一三年の注目要素「米中関係」の着実な深化

   昨年の“THE WORLD IN 2013”で、二〇一三年の世界を動かす重大要素として指摘されていたのが、習近平の中国とオバマ第二期政権の米国の関係であった。一年を振り返り、この要素は確実に動いた。習近平体制がスタートしてわずか三か月後に行われた六月のカリフォルニアでの米中首脳会談、翌七月のワシントンでの戦略経済対話、そして中国による東シナ海防空識別圏(ADIZ)設定直後のバイデン副大統領の日中韓歴訪。この経過の中で米中関係の深化を見てとらねばならない。
   米中関係が対立の要素を内包していることは論をまたない。人権問題、貿易摩擦、知財権問題、尖閣・南沙などの領土問題など山積しており、表層観察すれば「米中新冷戦」「米中覇権争いの時代」という認識に傾斜することになる。
   だが、米中は、相手を戦略的対話の対象として認識し、意思疎通を深めながら世界での自らの影響力を拡大したいという判断で動いている。日本は「日米同盟で中国の脅威を封じ込める」というゲームを展開しているつもりなのだが、この一年、米中は意思疎通を重ね「シェールガスから原子力まで、エネルギー分野での技術協力」や「投資協定」など、確実にコマを前に進めている。その前提として「日中の領土紛争に巻き込まれての米中戦争は避けねばならない」というのが米中の基本了解であると考えるべきである。
   一一月の中国によるADIZ設定についても、日米の温度差を直視する必要がある。米国は中国が設定したADIZそのものを否定するのではなく、識別圏に入る航空機に事前通告を義務付ける運用を問題視しており、しかも民間機には安全に配慮して中国への事前通告(飛行計画書提出)を容認している。中国が沖縄の米軍を意識することなく、日本との尖閣を巡る鞘当てだけで東シナ海にADIZを設定するはずがない。米国の動きを想定し、軍事衝突はないとの相互了解の下に、あえて日米同盟の限界を演出したのである。韓国の識別圏拡大に中国が動かないのも、「日本の孤立」を際立たせる意図だといえる。
   米国に依存して中国の脅威に向き合うという日本の基本認識が、根底から誤りであることに気付かねばならない。もちろん、日米同盟を一定の抑止力として利用することは重要であるが、過剰期待は危うい。
   「日米同盟はアジアの公共財」とまで表現する日本の政策当事者が多いが、米国は自らの戦略意思でアジアにおける米国の影響力を最大化する行動を選択していくわけで、決して公共財としての警察官でも保安官でもない。集団的自衛権にまで踏み込んで、日米同盟で戦争のできる体制作りに腐心することが現実から乖離していることを認識し、主体的にアジアに相互信頼と平和の基盤を作る外交努力をしなければならないのである。米国への過剰期待と依存だけでは、二一世紀には関われないのだ。


「アジア的退嬰」への視線

   目を見開き、日本のメディアが伝える固定観念に埋没していては全く見えない現実を直視すべきである。
   一つの例が一二月二~四日のキャメロン英首相の訪中である。就任当初、ダライ・ラマと面談していたキャメロンだが、このところ「チベットは中国のもの」と発言、中国への接近を試みてきた。今回の訪中では、経済人一〇〇人、閣僚六人を引き連れ、中国の「核心的利益」を支持する姿勢を鮮明にし、「西側指導者の中で、最も中国を支持する存在になる」とまで発言している。
   背景には英国の経済的利害がみえる。たとえば、一〇月末、英国は二五年ぶりに原子力発電所の新設を決めた。総額一六〇億ドルの大型案件を落札したのは、フランスと中国の連合であった。フランスのEDF(フランス電力公社)、原子力企業アレバと中国の広核集団(OGN)と核工業集団(CNNC)の四社連携であり、南西部のヒンクリーポイントで二〇二三年に稼働する計画である。ここに国際社会の冷厳な現実を見る。近年の欧州と中国の関係では、ドイツやフランスとの関係が目立ったが、英連邦五六か国とのネットワークに隠然たる影響をもつ英国の中国接近は重い。
   欧州でEU関係者と議論をしていると感じるのは、近隣の中国・韓国との関係について「日本も大変だね」という同情の響きの裏に漂う「アジア的退嬰」への安堵感である。「アジアの台頭」などといわれ、成長著しいアジアに刮目すると同時に、いつまで経っても近隣で足を引っ張り合い、力を消耗するアジアの愚かさへの高みの余裕とでも言おうか。
   実は、大航海時代以来、欧米植民地主義の要諦は、現地に内在する対立を利用して自らの影響力を最大化する「分断統治」であった。今日に至ってもアジアは、理性ある連携よりも、民族・宗教などによる対立に埋没するという罠から脱却できていない。そして、二〇世紀の歴史を省察するならば、その対立の誘惑から脱する基点は日本でなければならないはずだ。
   日本人は「中国・韓国の偏狭なナショナリズムに突き上げられ、やむなく日本も緊張感を持って向き合わざるをえない」と認識しがちである。もちろん、それぞれの国が抱える事情で、政治家はナショナリズムを武器に自身の正当化を図るという手法に陥るものである。だが、安倍政権下の日本が世界に発信しているメッセージも「同じ穴のムジナ」と思われても仕方がないほど、古色蒼然とし偏狭である。日本近代史の省察に立って戦後民主主義の成熟を図るというよりも、国家主義的な傾向を強め、戦争をした日本への郷愁を抱いているかのような印象を与えている。
   靖国神社への姿勢、日本版NSC、特定秘密保護法、集団的自衛権、新安保戦略という流れは、健全な保守という枠を超えて、同盟国米国からも不安視され始めている。二一世紀のアジアのリーダーを自認するならば、ケンカ腰の軍事戦略ではなく、「浩然の気」を漂わせるアジア連携の外交構想を示すべきである。


二〇一四年の注目点はロシアのユーラシア戦略

   既に日本の原油とLNGの輸入の一割が、ロシアからとなった。この割合は、二〇二〇年には二割を超えると予想される。米国の中東におけるプレゼンスが、「イラクの失敗」によって後退を続け、中東情勢が流動化する中で、日本としてはエネルギー安全保障上、化石燃料の供給源を多角化する必要がある。当面の現実的選択肢としては、米国のシェールガスかロシアの原油・LNGとなる。一方、ロシアも欧州の原油・LNG供給の三割を押さえてきたが、価格引き下げ圧力を受けて「極東の安定的需要先が大切」との思いを強めている。相互の思惑が交錯し、まずエネルギーにおける関係が深まっているのである。
   二〇一三年にはシベリアパイプラインが太平洋岸に到達し、サハリンのLNGも軌道に乗ってきた。三月には三〇兆円の投資計画を含む「極東開発プログラム」を発表、極東に化学コンビナートを建設する他、農業開発プロジェクトなど、日本の投資の導入も含め意欲的計画を盛り込んでいる。日本海側の北陸・新潟・山陰などの行政府は、これまでも「環日本海構想」を掲げてきたが、実体は韓国・中国との連携が主で、極東ロシアは「失われたリンク」であった。これが、いよいよ繋がり始めたわけで、だからこそ北東アジアの連携に関し、新たな視界と構想が求められる。
   中国・韓国との関係が緊張を高めているだけに、日露関係の密度が際立つという面もあり、このところ日本のメディアも「東京オリンピックのために東京支持票をまとめてくれた柔道好きの親日家」として、プーチンのイメージを高めるという滑稽な傾向さえある。北朝鮮の体制が「張成沢粛清」を機に、流動化局面に向かうと予想され、北東アジアの新秩序に向けて、ロシアとの接近だけではなく、中国・韓国とのわだかまりを超えた柔軟な対話と、相互利益につながる構想が必要な二〇一四年になるであろう。
   プーチン露大統領は「ユーラシア国家」というアイデンティティーを強調するが、これは欧州とアジアを繋ぐという意味であり、その文脈で「北極海航路」の現実化も視界に入れるべきであろう。地球温暖化によるもので必ずしも喜ばしいことでもないが、北極海の航行が可能になった。
   二〇一二年に四六隻が航行したが、二〇一三年には五三二隻に通行許可が出たとされる。既存のスエズ運河航路よりも欧州・アジア間が三分の一短縮になり、二〇二〇年には三〇〇〇万トンの物流回廊になると予想されている。プーチンは最新鋭砕氷船を投入して、優位性の確立をはかるが、北極海の権益については、ノルウェイ、デンマークなどの欧州勢に加え、米国・カナダ、さらには中国までが参入を図ろうとしている。
   改めて二〇一四年を見渡すならば、世界は一段と全員参加型秩序への移行を加速していることに気付く。冷戦終焉直後の「米国の一極支配」でもなく、また二一世紀に入って語られたBRICS台頭を背景とする「多極化」でもなく、すべての国・民族が自立自尊の自己主張をする全員参加型秩序に向かっており、「極」などという言葉で世界を捉えることは限界を迎えている。
   アフリカや中東、そしてアジア、中南米の動向を注視するならば、多くの国が自己主張を強め、豊かさを志向して動き始めていることがわかる。先進国や新興国という枠を超えて世界は動き始めており、米国流資本主義の世界化をグローバル化と言い換えてきたのとは違う「真のグローバル化」の局面に向かいつつある。


日本の正気回復の年へ―――世界的脈絡の中でのアベノミクス再考

   この連載でも、アベノミクスの本質が外人投資家依存の株高幻想にすぎないことは何回か触れてきた。二〇一二年一一月の「解散総選挙」、「安倍政権成立」から一年、異次元の金融緩和と財政出動を誘発剤として外国人の投資を招き込んで形成してきた株高は危うい臨界点に差し掛かってきた。二〇一三年一二月六日の時点で、解散(二〇一二年一一月一六日)からの外国人投資家の日本株への買越しは累計一五・〇兆円となった。この間の日本の機関投資家は累計六・二兆円、個人投資家は累計七・七兆円の売越しであり、日本人は累計一三・九兆円も売り越しているのである。「アベノミクス効果での株高」とはしゃぎながら、実は日本人は心底でアベノミクスなど信じていない。日本の未来に投資することなく、外人によって株が上がっているのをよいことに、平然と売り抜いてきたのである。
   外国人投資家といっても、主体は「育てる資本主義」の産業金融ではなく、ヘッジファンドなど「売り抜く資本主義」のマネーゲーマーである。株・債券・為替・不動産、いかなる分野であれ「利ざやを狙う」ことだけを考える、移ろいやすい主体である。先進国こぞっての超金融緩和と新興国(BRICS)への過剰期待が後退した局面で、行き場のないカネが日本に流れ込むという世界金融構造の歪みを背景とした株高であり、決して実体経済の向上ではない。春先からは世界金融は、異常な緩和基調からの「出口」を求めて動き始めるであろう。
   日本の資本主義の性格が変わりつつある。この一年間で外国人が一五兆円買い越し、日本人が一四兆円売り越したことにより、東証上場企業の外国人保有比率は三割を超した。配当性向への配慮など、日本の企業経営は変わらざるをえないだろう。それは、労働分配へのしわ寄せをも意味する。「格差と貧困」は静かに進行している。ヘッジファンド主導のユーフォリア(株高幻想)が去った時、食い散らされた焼け跡に立ち尽くすことになってはならない。技術と産業に立つ「実体経済」と、税と社会福祉のありかたを問い詰める「公正な分配」についての真剣な議論が今こそ提起されねばならない。
   愚かな呪術経済学にはまり、「異次元の金融緩和」に酔いしれていた時代としてアベノミクスが位置付けられるようでは、国民的悲劇である。「成長力を取り戻す日本」を世界が期待していると思いがちだが、現実は、歪んだ金融資本主義のマネーゲームの草刈り場を提供し、おだてられ陶酔しているにすぎない。覚醒への時限は迫っている。
   ところで、新年一月、本連載を軸にまとめた単行本『リベラル再生の基軸―――脳力のレッスンⅣ』(岩波書店)が刊行される。アベノミクスという株高幻想に彩られた一億総保守化の中で、萎縮しているかに見える「リベラル」を再考察し、その真価を問い、再構築を試みるもので、連載を愛読していただいている諸氏には、次なる議論の叩き台にしていただきたい。



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