寺島文庫

木曜, 11月 21st

Last update月, 11 11月 2024 1pm

現在地: Home 寺島実郎の発言 脳力のレッスン 2018年 岩波書店「世界」2018年11月号 脳力のレッスン199特別篇 二〇一八年秋の不吉な予感―-臨界点に迫る世界的リスク

岩波書店「世界」2018年11月号 脳力のレッスン199特別篇 二〇一八年秋の不吉な予感―-臨界点に迫る世界的リスク

 時代の空気について、八月末、ロンドンから羽田へと向かう機内、頭をよぎった思いがある。あの時も欧州からの帰国便であった。二一世紀が始まった二〇〇一年九月、欧州で面談した識者との話を総括しながら、私は「不吉な予感」に襲われた。ソ連崩壊から一〇年、「冷戦後の米国の一極支配」といわれ、ブッシュ政権は「米国は例外だ。世界のルールで縛るな」という「例外主義」を色濃くし、「国際刑事裁判所への不参加」「国連による小型兵器制限の拒否」など、冷戦の勝利者として尊大な空気を放っていた。ソ連崩壊後のロシアは混迷、前年の沖縄サミットに登場したプーチンだったが、その存在感は小さかった。欧州の外交関係者は米国の横暴に首をすくめていた。ニューヨーク・ワシントンを襲った同時テロが起こったのは、私が成田から自宅に帰り着いた直後だった。
そして二〇〇八年、洞爺湖サミットの年の八月末、ニューヨークの原油先物市場(WTI)は、バーレル一四五ドルにまで高騰していた。九・一一以降のイラク戦争を経た中東情勢の不安定化と二一世紀初頭の世界景気の拡大基調を背景に、原油価格は九・一一直前の二八ドルから五倍以上も跳ね上がっていた。それが、翌九月一五日に始まったリーマンショックを受け、一二月には三〇ドルにまで下落した。あの夏も「根拠なき熱狂」に酔い痴れるマネーゲーマーの表情に「不吉な予感」を感じたが、あれから一〇年、世界は「正気」を取り戻すどころか、「狂気」を増幅させているようである。

 

 

 

二〇一八年夏の世界の構造変化―――臨界点に迫るリスク

 

 二〇一七年からの世界経済は、不思議な同時好況の中にある。IMFが七月に発表した世界経済見通しでは、二〇一八年の世界全体の実質成長率は三・九%と前年の三・五%を上回る堅調を予測しており、しかもマイナス成長ゾーンが無いという同時好況加速という展望を示している。ただし、IMFは直後の追加報告において、「もし、米中貿易戦争がエスカレートするなどのリスクが顕在化すれば、二〇一八年の世界経済は〇・五%程度下振れする可能性もある」という見方を示し、「リスク要素」を巡り微妙な状況にあるといえる。(参照、資料1)


 IIF(国際金融協会)の報告によれば、二〇一八年三月末の世界の債務残高(政府、企業、家計、金融機関)は二四七兆ドル(二・八京円)とされ、世界GDPの約三倍に当たる。一〇年前は二・九倍であり、借金漬けの好況ともいえる。また、世界の金融資産規模(株・債券総額と金融機関貸出残)は三三〇兆ドルを上回り、リーマンショック以降の金融緩和を受けて、ジャブジャブになった資金が、株価と借金(債務)を増幅させている構造が見てとれる。金融資本主義が誘いかけるメッセージは「借金してでも消費と投資を増やし、景気を拡大する」というものである。ウォールストリートの懲りない人々が主導する金融資産と負債の肥大化は危機への臨界点に迫りつつある。
 実体経済の動きを超えた過熱気味の指標を注視すべきである。NYの株価(DOW)は、二〇一七年初から一年八カ月で三六%(日経平均は二一%)も上昇している。NYの原油価格(WTI)は、一年前に比べ、バーレル二〇ドル以上も上昇している。実体経済の拡大と比べ異様な数字である。
世界経済、とりわけ米国経済が堅調な理由は、トランプ政権の減税や産業政策が功を奏
しているためではなく、シリコンバレー(IT)が牽引していると言うべきであろう。IoT(インターネット・オブ・シングス)といわれるごとく、ネットワーク情報技術革命の成果が経済産業のあらゆる局面に浸透し、効率と生産性を高めていることが米国経済の活性化に機能していることは間違いない。さらに、したたかなウォールストリートがトランプ政権に憑りつき、オバマ政権がリーマンショックを受けて、「強欲なウォールストリートを縛る」として成立させた「金融規制改革法」(ドッド・フランク法)を廃止させるなど、金融規制緩和の流れを形成して「株高」を誘導して、実体以上に景況感を高めているためともいえる。トランプ政権が、競争力を失った中西部の錆びついた産業を支持基盤として存立するパラドックスに苦笑いを禁じ得ないのである。
 そうした中で、二〇一八年夏を振り返るならば、地政学的リスクが顕在化した夏であった。まず、火薬庫といわれる中東に投げ込んだトランプの火種を注視したい。トランプ政権は米国の在イスラエル大使館のエルサレムへの移転を強行、増長したイスラエル・ネタニエフ政権は「ユダヤ国家法」を制定し、人種差別主義によるパレスチナの切り捨てに踏み込んだ。また、オバマ政権が実現した「イラン核合意」からも離脱、イラン制裁の強化へと向かい、さらにトルコのエルドアン政権との緊張を高め、通貨リラの価値を年初比四割も下落させるような制裁に踏み込んだ。
 今、中東で進行している最も重要な基調は、イランとトルコという二つの地域パワーの台頭である。あえていえば「先祖帰り」であり、一〇〇年前に進行していた第一次世界大戦を経て、オスマン帝国が解体されて以降、欧州列強、そして米国と、大国の横暴に運命を左右されてきた中東が、地域パワーの再興という歴史潮流を迎えているといえる。シーア派イランの台頭に怯えるイスラエルとサウジアラビアが奇妙な接近を見せているのも、そうした動きへの反作用である。
 そのイランとトルコに対決姿勢を強めているのがトランプ政権である。冷戦期、トルコはNATOの一翼を占め、ソ連封じ込めの前線に立ってきた。また、イスラム諸国会議のメンバーとして米国の中東戦略を微妙に支えてきた。極端にイスラエルとサウジアラビアに傾斜したトランプだが、中東政策に深慮遠謀の戦略があるわけではなく、すべては中間選挙に向けて、米国の約三割を占めるエバンジェリカル(福音派プロテスタント教会)とユダヤ勢力を岩盤支持層として取り込むための戦術であり、中東に「不信」の火種を投げ込んだ愚かさの結末をやがて見ることになるであろう。昨年、サウジアラビアと断交したカタールはトルコと急接近、トルコの軍事基地がカタールにできるなど、湾岸産油国も一枚岩ではなくなった。中東情勢は液状化し、不安を加速させている。
 もう一つ、地政学を衝き動かしているのが中国・習近平の強権化である。六月一二日にシンガポールで行われた米朝首脳会談の本質を見抜かねばならない。もっともらしい解説を超えて、一つの事実に着目すれば、筋道は見えてくる。それは「金正恩は中国の航空機でシンガポールに行った」という事実である。国際間の移動で、最高首脳が他国の航空機で移動することは、通常考えられない。「生殺与奪権」を与えることだからである。
 今年に入ってからの北朝鮮の「南北融和」への豹変には、中国の脅威からの自立という意図があった。だが、結果は再び中国の鎖に繋がれ「中国周辺国」に回帰したといえる。中国は「朝鮮半島の段階的非核化」というシナリオを北朝鮮に共有させた。それは北が非核化に一歩具体的行動をとれば、南の韓国における約三万人の在韓米軍が段階的に削減されるということで、中国にとって望ましい展開となり、仮に融和シナリオが破綻したとしても、北朝鮮を中国に頼らざるをえない状況に追い込んだといえる。九月一九日の南北首脳会談での「米国次第での核施設廃棄」という北の姿勢がそのことを示している。
本誌四月号の論稿「中国の強大化と強権化」において、習近平第二期政権の東アジアへの強勢外交を論じたが、その後の推移はそれを確認するものとなっている。まず、香港だが、二〇一七年七月の香港返還二〇周年の前後から、香港の憲法たる基本法における「一国二制度」は有名無実と化した。二〇一四年秋の選挙制度改革を巡る「雨傘運動」は民主派勢力の最後の燃焼となり、立法会(議会)からの民主派議員の資格取り消しにより、民主派は「抑圧」どころか、既に「抹殺」されたといえる。
また、台湾については二〇一五年十一月、シンガポールでの習近平・馬英九会談(六六
年ぶりの国共首脳会談)により「中台蜜月」を演じてみせたが、このところ習近平が見せる「台湾統一」への意思表示は一段とエスカレートしている。馬英九政権下の台湾は「一九九二年コンセンサス」として「一つの中国の意味を双方が独自解釈できる」「一中各表))と解釈して「融和の利得」を優先させて大陸との接近を図ったが、その希望は打ち砕かれたといえる。二〇一六年五月にスタートした蔡英文政権だが、中国の締め上げに追い詰められつつある。本年八月には台湾はエルサルバドルと断交、中国の札束攻勢により、もしバチカンとの関係を失えば、欧州において台湾と外交関係を持つ国はゼロとなる。
 習近平政権は「中華民族の歴史的復興」を統合理念に掲げ、「社会主義」にこだわり(本年五月、K・マルクス生誕二〇〇年大会開催)、ユーラシアに「一帯一路」のネットワークを布陣しようとしている。六月に青島で行われた上海協力機構の第一八回大会には、インド・パキスタンも正式加盟し、イラン・ロウハニ師までがオブザーバー参加して「反保護主義」を採択するなど、米国を睨むユーラシアの連携軸になりつつある。
そして、プーチンのロシアであるが、二〇〇〇年に登場以来、一八年にわたりロシアを支配、二〇一四年のウクライナ危機後、G7の制裁を受けながらも、ユーラシアにおける存在感を高めた。この夏、四選を果たしたプーチンは、九月に入って極東・シベリア東部での三〇万人規模の軍事演習「ボストーク」を強行、中国・モンゴルからも三〇〇〇人規模の兵士が参加した。同時にNATOを対象にした一〇万人動員の軍事演習をベラルーシで実施、力を見せつけている。
「大ロシア主義」に回帰し、社会主義と決別して、統合理念に「ロシア正教大国」を掲げるプーチン―――そのプーチンに二三回もの面談を重ね、「北方四島返還」を期待して接近を試みたのが安倍政権であったが、その結末を見せられたのが、九月一二日のウラジオストック「東方経済フォーラム」での突然の「年内、平和条約締結」というプーチン発言であった。その真意は何か。一九五六年の日ソ共同宣言に戻るということは、「平和条約締結時に歯舞・色丹二島返還」を意味し、実体的に国後、択捉のロシア領としての固定化を図り、領土問題を封印して日本の経済支援の取り込みを狙っているとしか思えない。したたかなプーチンがそこにいる。

   

 

デジタル専制への視界―――日本低迷の構造

 

  資料2を直視してもらいたい。ここに世界同時好況と日本産業の低迷の段差を解明する鍵がある。GAFA+Mとは、デジタル・エコノミーを牽引する米国の「ITビッグファイブ」といわれる五社で、グーグル、アップル、フェイスブック、アマゾン、マイクロソフトのことであり、その五社の株価の時価総額(本年7月末)は四・〇兆ドル(442兆円)になる。対照的に、日本企業の株式時価総額のトップ五をみると、一位のトヨタ自動車でもわずかに二三・九兆円、アップルやアマゾン一社の5分の一に過ぎない。
 ちなみに、経団連をリードする日立製作所の時価総額は三・八兆円、東レは一・四兆円、「鉄は国家なり」といわれた鉄鋼産業の中核たる新日鉄住金は二・一兆円にすぎない。もちろん、株式時価総額が企業の実力を示す一指標にすぎないが、「市場が企業の価値を決める時代」といわれる現在、企業経営は時価総額を超すリスクはとれないし、プロジェクトは組成できないちなみに、東京オリエンタルランド(ディズニーランド)の時価総額四・二兆円、ファーストリテイリング(ユニクロ)のそれは五・二兆円であり、「ものつくり国家ニッポン」の地殻変動がここにある。
 驚くのは、中国のIT二社、テンセントとアリババの時価総額は一兆ドルに迫り、わずか二社で、日本のトップ一〇社を飲み込む額なのである。この米中のIT七社のことを、「ニューセブンシスターズ」と呼ぶようだが、二〇世紀のセブンシスターズは石油メジャーのことであったが、二一世紀の世界を支配するセブンシスターズは「プラットフォーマーズ」と呼ばれ、ネットワーク情報技術の基盤インフラを抑える企業群への呼称となっているのである。石油メジャー(現在はシェル、エクソンモービル、シェブロン、BPの四社に収斂)の時価総額は一・七兆ドルで、ニューセブンシスターズの四・九兆ドルに圧倒されていることが分る。
この事実認識の中から幾つかの論点が浮かび上がる。一つは、「プラットフォーマーズ」といわれる七つのIT企業の株価時価総額の肥大化が、技術優位性で生まれたものではなく、「ITとFTの結婚」、つまり、金融による増幅という形で実現されたということである。ITは平準化技術であり、「いつでも、どこでも、誰でも使える技術基盤」である。それを「データリズム」に立って囲い込むビジネスモデルをファンドが巨額の資金を投入することで成功させてきたといえる。「夢に金が付く時代」といわれるごとく、シリコンバレーのビジネスを見ていると、事業が成果を出す前にベンチャー・ファンド、ベンチャー・キャピタル、M&Aと金融事業が蠢き、成功案件は異様なカネを引き付けるのである。
二つは、こうした世界の動きに直面した日本産業界の屈折という論点である。かつて、戦後日本の経済界のリーダーには重みがあり、永野重雄、土光敏夫、石坂泰三などの名前を思い起こしても、経済界を率いる矜持と政治をしっかりと睨む眼光があった。だが、現在の日本経済界の指導者達に政府の経済産業政策に鋭く発言する気迫は見当たらない。前述のIT巨大企業の株価に対する日本企業の劣勢にしても、実は公的資金を株式市場に投入して株価を水ぶくれさせた結果でもあるのだ。もし、この六年間、累計六五兆円の公的資金(日銀ETF買い、GPIF資金)を投入しなければ、日経平均は現在より三割は低い水準にあると思われる。アベノミクスが健全な資本主義を歪める政策であることが分っていても、筋道立った発言などできないのである。日本の劣化は政治と経済の相互作用から生じているのである。

 

  

 

日本の劣化―――安倍政権で見失ったもの

 

   夏も終わろうとする九月二〇日、安倍三選が決まった。日本の政治に違和感を覚えながら見つめていた国民も多いはずだ。自民党員一〇四万人の五五%の支持で三選というのだから、有権者の一%に満たない得票で、国家の運命が支配されるということで、「民主主義」の本質を再考させられる事態である。
 「代議制民主主義のパラドックス」というべきか、この一〇年の日本の政治状況において、「決められない政治」への苛立ちの中から、「政治主導」への願望が高まり、それが「官邸主導」への流れを生み、「公文書偽造」や「国会での偽証」をしてまで官邸を守ろうとする忖度官僚を発生させ、国民が直接選出した大統領ではない「首相」に国民が預託したものとは異なる過大な権力が集中し、気が付けば、日本の政治は「官邸レベルの政治」に押し込められることになった。
 安倍政権の六年間を世界的視点で正視すれば、日本にとって「成功した六年間」とはいえない。何よりも、経済・産業を歪めてしまった。金融政策に、過剰に政治が介入し、異次元金融緩和と公的資金(日銀のETF買いと年金基金の株式市場への投入)で株価を引き上げることに固執、明らかに健全な市場経済を歪めてしまった。「景気が良くなった」というのは株価が高いことによる幻影であり、労働分配率は低下し、勤労者家計可処分所得は一九九七年のピーク比で、年収ベース七六万円も低い(2017年)。国民は潤っていないということである。
 外交・安全保障についても、解釈改憲にまで踏み込んで「集団的自衛権を認める安保法制」によって米国との軍事的一体化を進めたが、トランプ政権の登場に揺さぶられ、とても相互信頼に基づく同盟関係とはいえない状況にある。米国の愚かな戦争に巻き込まれるリスクが増大しているともいえる。また、米中貿易摩擦がエスカレートしているが、トランプ政権は日本に対しても容赦なく赤字解消を迫るであろう。この夏も、私自身、様々な米国からの知人の訪問を受けたが、「知日派」といわれる米国人の多くが、防衛利権とカジノ事業に群がり、その受け皿として「知米派」の日本人が動いているのかを印象付けられた。日米関係は腐臭を放ち始めている。
 世界における日本の位置についての思いが込み上げる。このところ日本は「資金提供」を期待されるだけの存在になっている。「シュガー・ダディー」(甘やかし親父)として懐をあてにされる日本という状況が際立っている。先述のカジノと防衛利権に群がる米国の関係者、北朝鮮との国交正常化の先に、北朝鮮の経済開発資金源として、日本からの「戦後賠償」に近い形での数兆円の資金提供を期待する韓国、米国の本音、そして「日露平和条約」を急ぐプーチンが期待する日本からの極東経済開発資金など―――自らの主体的構想力を持たない国が押し付けられる役回りは、カネを出すことだけという事態になってい
ることに気付くべきである。
 このところ、国際金融の世界において、「ジャパン・リスク」が言われ始めている。日本が異次元金融緩和を続け、日本からの資金還流が米国のドル高・株高を支えているのだが、いつまでも「出口」に出られないまま立ち遅れている日本が、突然資金を引き上げざるをえなくなった時、世界金融が受ける打撃を気にし始めているのだ。奇妙な「リフレ経済学」に誘惑され、異次元金融緩和を「正常化」できずに迷走するマネーゲーム国家が自家中毒を起こしていると考えられる。
 今年は「一九六八」から五〇年という節目でもある。一九六八年、パリの五月革命、米国のベトナム反戦・黒人運動、そして日本では日大・東大闘争・全共闘運動と世界中に若者の政治運動が吹き荒れた年であった。その意味については、本誌八月号に「一九六八再考―――トランプも一九六八野郎だった」において論じた。第二次大戦が終わって二十数年、東西冷戦をリードする米国とソ連、それぞれが抱える矛盾が露呈して色褪せ、世界の若者は、「第三世界」として、毛沢東、カストロ、ゲバラなどに幻想を抱いていた。
今日、世界を動くと、世界中の若者は、スマホを見つめ、うつむきがちに歩いている。社会主義も第三世界も希望ではなくなった。米国も欧州も自国利害中心のナショナリズムに回帰し、中国、ロシアなどの強権型の国家が上手く行っているようにみえる。複雑に屈折した状況を前にして、論理的思考を放棄し、検索エンジンと空虚な意思疎通に埋没してデジタル・エコノミー時代を生きている。世界とつながる情報ネットワーク基盤が整った時代を生きながら、世界の課題とは隔絶した孤独な個が砂のように生きている。
経済といえば「株価」を語るだけのマネーゲーム国家に傾斜しつつある日本に叡智を取り戻さねばならない。「技術志向の健全な資本主義」と「国権主義を排した民主主義」へのこだわり。誇り高く戦後なる日本を踏み固め直す時である。。

 

 

 公開記事につきましては各社及び筆者の許諾を得ています。無断転載・引用等、著作権者の権利を侵害する一切の行為を禁止します。